「テレワーク制度がなくなったら、退職を考えますか?」
この問いに「考える」と答える人は、実際にどのくらいいるのでしょうか?
「4割以上が退職・転職や働き方の見直しを検討」という見出しは目を引きますが、中身を分解すると印象は変わってくるはず。
日本生産性本部の調査(2023年5〜6月、管理職ではない雇用者1,000人)では、テレワーク制度が制限・廃止された場合に16.4%が「退職・転職を検討する」、24.9%が「今の勤め先で働き続けつつ、時短勤務など働き方の変更を検討する」と答えました。
この2つを合わせたのが、4割という数字です。
つまり、4割全員が会社を辞めるという話ではなく、内訳の過半は、会社に残ったまま働き方を調整する層であり、本日はこの数字を出発点に、「出社回帰が数年続いたとき、組織と人材市場に何が起きうるか」を考えてみます。
まず押さえたい、数字の「射程」
予測の前に、使えるデータの限界を確認します。
- 調査時期が古い。 上の調査は2023年のものです。現在の意識とは差がある可能性があります。
- 「検討」は「行動」ではない。 実際に退職した割合を示すデータではありません。
- 管理職との差がある。 同じ調査で「退職・転職を検討する」と答えた割合は、非管理職が16.4%、管理職が9.6%でした。
出社回帰の影響は、立場によって異なる形で現れる可能性があります。
企業は、なぜ反発を承知で戻すのか
現状、出社回帰は広がっていて、Job総研の2026年3月の調査(社会人327人)では、75.5%が2025年と比べて出社頻度が「増える」と回答し、理由で最も多かったのは「会社の方針が変わった」(39.7%)となっていました。
回答者数が限られる調査なので、傾向の一例として見るのが妥当ではあるのですが・・・。
では、企業側の理由は何か?
レバレジーズの調査(2025年8月発表)では、経営者・担当者の約4人に1人(25.3%)が出社頻度の増加を検討しており、その理由の上位は「マネジメントをしやすくするため」(52.6%)と「生産性を向上させるため」(47.4%)で、「他社の出社回帰の動向に影響されたから」も35.6%ありました。
ここで気になるのは、3つ目の理由で、レバレジーズ自身も、戦略的な判断というより市場全体の横並び意識で動く企業がうかがえると分析しています。
編集者としての解釈を加えると、出社回帰の理由は大きく2種類に分かれます。
- 自社の課題に根差したもの:コミュニケーションの停滞、育成や評価のしにくさなど。
- 周囲に合わせたもの:他社が戻したから、という判断。
この2つで、数年後の結果は違ってくるのではないか。以降は、この仮説に沿って考えます。
【予測】出社回帰が定着したら、何が変わりうるか
ここから先は、現時点で確認できる事実を土台にした予測で、確定した未来ではありません。
1. 人材の流動化:「出社条件」が選別の軸になる
事実として確認できるのは、IT職での動きで、レバテックによれば、「原則出社」の求人は2年で3.4倍に増えています。
同社の調査(ITエンジニア654人)では、現在リモートワークをしている人のうち、勤務先が出社回帰を打ち出した場合に「同じ職種での転職を考えるきっかけになる」と答えた人は43.7%でした。一方で、「特に大きな影響はない」も41.6%あります。
ここから言えるのは、反応が二分されるということで、働き方を最優先する層は動き、それ以外は動かない。ただし、この調査はITエンジニアが対象で、他の職種にそのまま当てはめることはできません。
予測: 出社条件が緩い会社へ人が移る流れが続くなら、出社を求める企業は「出社しても働きたい理由」を示せるかどうかで、採用力に差がつきそうです。
2. 採用競争:出社条件が「待遇の一部」になる
給与や仕事内容と並んで、出社日数や柔軟性が比較項目として定着していく可能性があります。出社を求める企業は、通勤負担を補う何か(給与、制度、成長機会)を求められるかもしれません。
障害: 転職市場が冷え込めば、この力学は弱まります。「検討」が「行動」になるかは、景気や求人数にも左右されます。
3. オフィス投資:「毎日全員が座る場所」から変わるか
出社の目的が会議、育成、相談など特定の活動に寄るなら、必要な空間の形も変わるはずです。ただ、これを裏付けるデータは今回確認できていません。企業のオフィス投資や賃料の動向は、今後確認したい点です。
4. 地方在住人材の扱い
出社が原則になれば、通勤圏外に住む人材は採用の対象から外れやすくなります。これも仮説で、確認できるデータは持ち合わせていません。ただ、出社条件の違いが「どこに住む人を採れるか」の違いに直結することは、論理的には自然な帰結です。
見落とされがちな変数:「自律性」の評価
もう一点、働き手側の評価も押さえておきます。テレリモ総研の調査(2026年9月発表)では、テレワークを通じて自分で決められることが増えたと感じる場面として、「集中と休憩のリズムを自分で作れる」(43.4%)、「集中したい作業に没頭できる」(35.5%)が上位でした。
出社回帰で失われるのは、場所の自由だけではないかもしれません。
作業のリズムを自分で決められる感覚も、同時に失われる可能性があり、管理職がマネジメントのしやすさを求める一方で、現場は自律性を評価している。
この食い違いが、すれ違いの核にあるのではないでしょうか。
これは調査結果をつなげた私の解釈で、因果関係が確認されたわけではありません。
数年後に差を分けそうな分岐点
ここまでの整理から、企業の分かれ目は次の3点だと考えます。
- 出社の目的を言語化できているか。 「マネジメントしやすいから」だけでは、現場の納得は得にくいはずです。
- 一律か、個別か。 レバテックは、画一的な出社回帰ではなく個々の状況に合わせた柔軟な働き方が人材流出を防ぐ、との見解を示しています。これは同社の見解である点に注意が必要です。
- 効果を検証しているか。 出社で生産性が上がったかを測らない企業は、方針の修正もできません。
今できること
人事・経営層の方へ
自社の出社方針が「課題に根差したもの」か「横並び」かを、一度書き出してみてください。理由が後者に近いなら、見直しの余地があります。
非管理職・管理職の方へ
「出社か在宅か」ではなく、自分が何を重視しているか(通勤時間、集中環境、対面での学び)を整理してください。条件が変わったとき、それが交渉の材料にも、転職の判断基準にもなります。
最後に
「4割が見直しを検討」という数字は、行動の予告ではなく、揺れている人の多さを示すものです。
出社回帰がこのまま定着するかどうかは、企業が反発の理由を理解し、出社の目的を説明できるかにかかっています。数年後に見えてくる差は、出社の日数ではなく、その納得感の設計にあるのではないでしょうか。
なお、本稿で引用した調査は、時期、対象、規模がそれぞれ異なっていることだけを付け足しておきます。
